”ねこのて”の由来

私は一度動物病院で働くことをあきらめました。

それは左手の指がないことで手術ができないのではないかと、自分でブレーキをかけていたためです。

なかなか片手が十分機能しない中、片手で手術をしている獣医師や医師との面識もなく、手術用の手袋をつけることでさえ、自分の手にあった手袋がないため、工夫が必要でストレスの連続です。 もっと楽に生きていける方法が他にいっぱいあるでしょ、と思いました。

 

私が小学生の頃は昭和50年代です。高度成長期の競争社会の中、劣等感を持って育っていた私が憧れた職業が獣医師です。獣医師は内科、外科、オールラウンドになんでも熟してしまいます。さらに、動物を大事にしてくれる優しいイメージ。私にとってヒーローでした。

その後、獣医大学に入ることができ、うまくいくかと思いきや、手術についてはどう工夫していいか解決策を見つけることができず、動物病院就職、挫折。。。となってしまった訳です。

 

それでも、ワンちゃん、ネコちゃんの臨床医として働きたかったんですね。思えば、劣等感を克服するための、自分との戦いだったのかもしれません。 考えれば、障がいが問題というより、障がいを気にして立ち止まってしまうといったらいいのか、人の目、恥ずかしい、迷惑がかかる。そんな思いがいつもつきまとい行動にブレーキをかけます。

 

客観的に考えると偏見を持って他人を見ている人はそれほどいないですから、結局、自分自身がどう思うかです。

 

私は、どうしても動物病院で働きたい気持ちが捨てられず、”手術しない獣医”として生きていこうと考えました。

外科が出来ない分、診療の柱が必要と考え、日本獣医皮膚科学会の認定医取得に取り組みました。障がい者だから半人前の診療とはいきません。

そこで動物の皮膚科診療に情熱を持って取り組む先生方と出会いました。先生方は何のためらいもなく、私を受け入れてくださいました。

”自分もこの先生たちと同じ獣医師なんだ”と思えるようになりました。

 

”三つ子の魂”ではありませんが、劣等感を完全克服とはいきませんが、獣医師として自信を持つことができ始めると、堰を切ったように物事がポジティブは方向に運びます。

一つは電動義手との出会です。義手により手で行なう作業の幅が大幅に増え、手術を行なうことができるようになりました。手術用手袋も既存の物が使えます。 さらに、義手を使った手術に慣れてくると、助手の動物看護師さんとの連携もスムーズになり、手術時間も一般の先生と変わりなくなっていきました。

手術がある程度できるようになると、難しい手術もベテランの先生に助手に入っていただき、自分のやりやすい方法を習得しています。先日、開胸・肺腫瘍切除の手術を当院で行えるようになったことは、胸部外科など到底できないと思っていた私にとって、夢のような出来事でした。

 

これら当院の進歩は支援してくださる多くの先生方の他に、当院スタッフ、そして、来院くださる患者さんとご家族に支えられていることを毎日実感します。

開業当初、”うちの子あの先生には任せられない”と思うご家族もいらっしゃると考えていたので、ずっと当院に受診してくださる患者さんが多くいらっしゃるのもまた、夢のようです。

当院スタッフ、上仲、岡島、花岡、永井は5年以上の付き合いになるでしょうか。初めは患者さんも少なく暇な時間が多くありましたが、患者さんが増えるかどうか不安ではなかったかな。今では小林、池浦、荒澤も一生に働いてくれるようになり、いろんな仕事ができるようになりました。

当院の”ねこのて”由来ですが、私の左手を意味してます。

物はつかめないけど、私の左手は私に多くを運んでくれます。私の左手が普通であれば、獣医になってないかもしれません。今のような病院を作ることができなかったかもしれません。多くの先生や当院のスタッフ、患者さんとも出会えていないかもしれません。

現状は少し出来過ぎかと思いますが、開業当初、”ねこのて”という名前により、私を受け入れてくださる方々により病院が成長していくことを

定になってしまうかもしれない勤務させてくださった病院は獣医師の仕事として診断をつけることの重要性や、他の人ができることは他の人に任せても恥ではないことを教えていただきました。新潟県の先生方やお付き合いいただいている全国の先生方には私を獣医師として受け入れていただき、外科手術だけでなく様々な技術指導をしていだだいています。 当院スタッフには